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   牛久市と夕張市は、どこが違うのか?
                    (2007.1.15.)

 夕張市では、財政破綻したら市役所の職員が辞めている。住民の暮らしはどうなっているのだろうか? お気の毒さまとの言葉に尽きるが、何であんなことになってしまったのだろうか?
 地方政治は二元代表制である。住民は市長を選ぶとともに、強権をもつ市長が不適切な行政をしないように監視させるため、また、住民の立場から執行部の足りない点を補わせるために、議員も選んで議会を構成させている。夕張市の、市長や議会は何をしていたのだろうか? 「まち」を破綻させた責任は誰にあるのだろうか?

 わが国の政治制度は、代議制又は議会制民主政治といわれるが、知事や市町村長など、首長の権限は米大統領を超えるといわれる。
 しかし、“汚職が発覚する”あるいは“議会がストップをかける”ことなどがない限り、首長は意のままに行財政を行い、人事権も一手に握っているから、幹部職員はその意向に無条件で従ってしまう。
 どこのまちでも、“結果責任は住民もち”という現実を知っているか知らないかは別にして、行政のあり方に無関心な住民が多いだろう。
 夕張市の財政破綻は、こうした意味で全国民が学ぶべき代議制民主政治における“お任せ主義”の最悪パターンである。

 牛久市財政の現状は、夕張市ほどひどい状況ではないが、ここ数年間の市政運営は、昨今のお天気と同じように、不安定な迷走状態といえよう。分かりやすい例を挙げれば・・・
   @市税の全期前納報奨金 平成16年度に廃止 ⇒ 19年度に復活
   A敬老の日記念品      平成16年度に廃止 ⇒ 17年度に復活
   B市民号バス旅行      平成16年度に廃止 ⇒ 18年度に復活
   C福祉巡回バス       平成17年度に廃止 ⇒ 18年度に一部復活

 市税の全期前納報奨金廃止のときは、“政策的に使命は終った”そして“公平性に問題がある”と市長は提案理由を説明していた。議会は、財政的に厳しいことを知っていたから、思い悩んだ末、やむを得ず賛成したという平成15年12月議会の苦い記憶がある。
 ところが、復活のための提案理由は“行財政改革の成果を市民に還元”するということで、廃止のときの説明を無視したものだった。
 平成19年4月からの復活案は平成18年9月議会に提案され、糺しても理解できる説明もないままに、可決されてしまった。採決は、私を含めて3人が反対し、他の議員18名全員が矛盾する提案に賛成した。これで、議会が機能しているといえるのだろうか?
 他の3件の説明は省略するが、“止めては ⇒ すぐに復活する”という猫の目行政を、納税者は何と見ているのだろうか?

 牛久市役所は、ISO14001認証の環境負荷低減を継続的に行う役所のはずである。しかし、「広報うしく」の他に毎月配られるA3版チラシをつくり、財政改革の成果が30億円だと誇大宣伝している。ISO14001認証の意義を忘れて、不要なチラシで環境負荷を生産して恥じない。
 その一方、ゴミ減量等推進審議会では、ごみ減量について市長の諮問に応えて、“ゴミ収集有料化は減量のための有効な手段”と答申し、牛久市はパブリックコメントを募集したが、内容確認的なコメントが4件だけのようだ。そして今、同審議会では市民の意見は聞いた・・・との立場で、「家庭ゴミ収集を有料化」するための検討を進めている。
 30億円という行財政改革の成果額も、各年度の節約額を合計したところでは、11億円強であり財政の脆弱体質はなんら変わっていない。

 平成18年12月の市議会定例会で、向こう5年間の財政見通しを訊いた私に「財政状況の今後5年間の見通しも厳しい状況に変わりはなく、市民の皆様にご協力頂きながら、これまでの行財政改革の取り組みに甘んじることなく、市政運営に全力で取組んで参ります」との市長答弁である。
 財政力が弱いことは、議会が過去に全会一致で採択している「児童館」や「中ホール」建設を求めた請願書が、前大野市長時代から放置されていることが証明している。
 “子育て日本一”との公約を掲げて当選した、池辺市長に代わっても、その取り扱いについては何も触れず、議会にも何の意思表示もない。

 一方、世間の注目を浴びている“入札改革”は、私が6回連続して一般質問で取り上げているが、その都度、改革の意志の見られない答弁がくりかえされてきた。全国知事会との認識の大きな違いに驚いている。
 牛久市の入札は“指名競争入札”。市役所が指名した5社〜7社で入札を行う。さらに、指名した会社名は入札前に公表している。工事予定価格も入札前に公表されている。これでは“官製談合”に等しい。
 市長選挙のときに、一生懸命に選挙運動してくれるのは建設業者だけだから、「建設業者が好まない入札改革」には及び腰なのかもしれない。

 こうした状況を見ると、牛久市と夕張市の行政レベルには幾つかの基礎条件に恵まれているかどうか、不運な巡り合わせがあったかどうかというだけの違いに過ぎず、行政実態は大同小異といわざるを得ない。
 池辺行政の現状は、市長が平成19年9月の市長選を意識して、選挙の人気取りに汲々としていると批判されたら何と説明するのだろうか。
 “もっと、住民を信じなさい・・・と進言したい!
 市民は決してバカではない。公益を最優先して、有権者・住民におもねない本気の改革に取組むべきだ。賢明な人々が多いことを信じなさい!
 嫌がられることでも市長が説明責任をキチンと果たして、正直に訴えれば、市民は必ず支持することを私は信じている。
 池辺市長には、もっと“人間を信じる心”をもち、近未来へのシナリオを示し、だれにも媚びない終始一貫した行財政運営に努めて欲しい!


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