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 「民主主義という厄介な制度を守るために!」
                    (2006.10.28.)

 茨城県議会議員選挙を12月10日に控え、牛久市議会議員選挙も明年4月に迫り「会ってお願いしないと投票してくれない?」だろうとの常識(?)に追いたてられ、立候補予定のみなさんは、現職議員を含めてあいさつ回りの戸別訪問に励んでいます。戸別訪問は、法律で禁じられているのに・・・!
 
 いかに「悪法」でも、法律をつくる立場であれば守らねばならないと、私は考え、お祭りに招かれても祝儀を持参しません。
 選挙運動においても、法律を守り、市民の良識を信じ、戸別訪問などせずにやせ我慢しています。果たして、これでよいのかとの不安を抱えながら。

「市民の役割と責任」
 民主主義政治では、市民は『自らのレベルに応じた政治』を手にすることができる・・・といわれます。そして、有権者が選んだ政治家によってそのまちの行政レベルが決まります。
 牛久市も、法律(条例)に基づいた行政を行うことになっていて、その収入に応じて税金を負担し、市役所(市長)の要請にしたがって暮らしています。
 ご承知のように、市税の「全期前納報奨金」が廃止されたと思ったら復活し、敬老会の「記念品」も無くなったと思ったら復活しましたが、福祉サービスは切り下げられたままです。ゴミ拾いも求められます。

 本来、市民の意思で行うべきことも、市役所(市長)に指示されているみたいですね。まちの姿は、住民の「生き様」をそのまま表しているものでしょう。「どんな価値観のまちか?」、「住民が暮らしやすいまちか?」は、私たちが決める・・・これがみなさんご存知の民主主義です。

 条例は、民意をくみ上げて市長が提案して市議会が決める建前になっていることが一般的です。時に議員が提案してつくる場合もありますが、その条例は住民生活のフレームをつくり、責任はすべて納税者・住民が負います。
 納税などの責任を果たし、行政の要請などに協力する私たち住民が暮らしを守るための、たった一つの選択肢が選挙です。自らが選んだ「議員」、「市長」にドンドン意見を言いましょう!

 「議会など意味がない」として選挙の投票権を放棄する人は、権利を自ら捨てることです。また「人に頼まれたから」とか「地縁・血縁」だけで投票する人々は、「白紙委任状」を預ける危険なことです。

「議会(議員)の役割と責任」
 有権者に選ばれた議員によって「議会」が形成されますが、議会(議員)や市長の責任は、贈収賄事件などがなければ余り問題にされません。
 議員がもつ「議決権」は多数決で「議会の意思」として決まり、それが適切であろうと、不適切な判断であろうと無関係に「住民の意志」とされます。
 これが「議会制民主主義」、「代議制民主主義」の下に、住民意思を代表する議会の役割であり、結果責任を果たさなければならない議会の責任です。

 したがって議会は、市長の提案が、住民のために好ましくないと判断したときは、反対しなければなりません。予算であろうと、条例であろうと、住民の立場から判断しなければなりません。しかし、少々の「要望」を聞いてもらう交換条件として、何でも賛成してしまうという議員が多々存在します。

 強大な権限をもつ市長と、仲良くしたいと考える住民や公共事業参入業者は分かりますが、議員にもこの傾向が顕著で結果責任があまり問われない、結果責任はすべて有権者が負う・・・民主主義の隘路です。

 議員は、選挙で当選すれば住民の代理者という資格が与えられ税金から議員報酬、行政のあり方を決める「議決権」、賛成されるか・されないかは別にして「提案権」も手にしますが、判断の誤りや失政の責任は「住民もち」です。
 市議会議員は、あなたの代理人です。選挙は、あなたが選んだ議員を勤務評定する機会です。決して諦めないでご意見を主張し、議論してください。

「市長の役割と責任」
 市長の権限は絶大です。したがって、巧みに市長に取り入って利益を求める人々は、一般住民であれ、公共事業参入の業者であれ、議員であれ、後を絶ちません。
 その市長を選ぶのは、そのまちの有権者・住民です。地方自治は、「住民自治」ともいわれ、民主主義の学校とも表現されます。
 有権者(納税者・住民)が選んだ市長の「行政執行権」は、本来、住民のために法律に基づいて与えられていますが、昨今の新聞報道でご承知の福島県知事のように、己の利益と権力維持のために悪用している知事や市町村長が多いことは困ったものです。

 市長の権限には議会に諮らずに決められる絶大な権限が含まれます。住民のために優れた行政をするよう「監視」する役割を担う議会が、その役割と責任を全うしなければ、執行権は「独裁権」に近いものになってしまう危険性をはらんでいるのが「議会制民主主義」なのです。

 権限者が責任を果たさないときの「結果責任」は、すべての住民が甘受しなければなりません。
 公職選挙の棄権は、本人の責任で終りません。必ず、投票に行ってください。一日でも早く、明るい希望に満ちた「私たちのまち」を実現するために、全有権者・全住民の力が発揮される民主主義が機能することを期待しています。

私たちのまちづくりのために、平成19年の市議選に挑戦しませんか!

納税者・市民の立場を忘れない方、21世紀倶楽部は求め応援します!

 


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