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 「牛久市役所人事の怪(かい)、
      市長は統治者(とうちしゃ)?」


                (2006.4.2.)

 今年の3月31日付で退職された、牛久市役所の正規職員は17名いました。ところが、このうちの定年退職者はたったの3人だけで、14名の方は定年まで数年を残して退職しました。
 その定年前退職者は、総務部長のほか全員が係長級以上の役職者でした。今の社会経済状況を考えれば、とても贅沢なことで、なんとも不思議に思えてなりません。
 市長は、10人減れば人件費が1億円削減できると喜んでいるようでありますが、正規職員が仕事に取り組む姿勢や士気(しき)(意気込み)は、大丈夫なのでしょうか。
 3月議会の一般質問の中で指摘したように、市長が間違った発言をしても、だれ一人、市長にアドバイスする幹部職員がいないという現実があります。優れた組織には、構成員が目的観を共有し信頼関係があります。市長と幹部職員に信頼関係が乏しい、市役所の現状は職員の士気を低下させます。相互のコミュニケーションを再生しなければなりません。市長のリーダーシップが問われます。

 その一方、退職者を除いて431名に減った正規職員の2割:85名が昇任しました。あれほど、碌(ろく)な者がいないと職員を批判していた市長が突然、変身した理由は何なのでしょうか?
 平成17年度に誕生した「理事(部長級)兼課長」は4人でしたが、今年も4人増えて7人(1名は部長に昇任した)になりました。昇任された方々を傷つけるつもりはありませんが、昇任のバーゲンセールのようです。
 しかし、今年も課長職を解任されて、市税の滞納整理要員に配置転換された職員がいます。どんな評価を誰がしたのか知りません。しかし、市長は人前(ひとまえ)でも厳しく職員を叱責しています。こうした職員指導がよい成果を上げるのでしょうか? 市長命令に不服な職員は、公平委員会に訴えるか、退職するしかありません。
 人事に厳しさは必要です。定員管理も重要です。しかし、幹部職員をこのように扱うことが全職員の心にどんな影響を与えますか?

 正規職員の新規採用は、今年もゼロでした。定年前に正規職員が辞めていけば人件費は減ります。人手が不足するところは臨時職員でカバーしていますが、ビジョンが示されていません。ただ目先の人件費を抑制するだけでは、行政組織のバランスのあり方などに、取り返しがつかない歪(ひずみ)がでることが予測され、懸念を覚えます。
 牛久市も自己決定・自己責任が問われています。未来の行政組織像が示されず、行政ノウハウをもつ正規職員が減少して、不足する労働力は臨時職員で埋め、公共施設はすべて指定管理者に委ねる。 
 こんな成り行きまかせの人事行政で、行政サービスが守られるでしょうか?
 所得格差が大きな問題になり、同一労働同一賃金を目指そうという動きもあります。市長は、市役所の将来像を具体的に示し、人材育成のプログラムを明らかにしなければなりません。

 いつも住民に安定した行政サービスを提供させるために、納税者住民が市役所を創った・・・と捉えるのが住民自治の思想です。
 職員が烏合(うごう)の衆(しゅう)では困りますから、選任したマネージャーが市長です。市長の任期は4年ですが、職員は定年まで約40年あります。経験と研修を積みながら職務に精通していきます。永年の経験によって行政知識を蓄えてきた正規職員が、定年前に辞めていく現状は2007年問題として断絶が心配されていることでもあります。私たち住民にとっても大きな損失になるのではないでしょうか。
 不景気なご時世にあっても、毎年のように、幹部職員が定年前にドンドン辞めていくことは異常です。マネージャーの対応に不適切はないのでしょうか?
 企業もまちも、すべての組織は歴史が証明するようにリーダーによって栄え、リーダーによって衰退します。このままでは、牛久市が危ないと思いながらも、執行権をもたない市議会議員が何もできない辛さに切歯(せっし)扼腕(やくわん)するばかりです。これからも、気づいたことは議会において市長に問題提起していきます。そして住民のみなさんにも広報していきます。
 市役所の職員が本気になれば、牛久市はすぐ変わります。一人の力は知れたものですが、小さな力でも、みんなが力を合わせれば大きくなります。そうした組織の目標管理が、人事政策の基本だと考えています。
 納税者住民と市役所職員の力によって、一日も早く現在の流れを変えていきたいものです。信頼で結ばれ、納税者住民に信頼される市役所にするために、念(おもい)と願(ねがい)を声と行動に換えてください。

 私は未経験の世界ですが、命令と服従の社会といわれる軍隊でさえ、人間の集団であり群集心理も働くので、部下が反対していることを命ずるためには説得が必要なのだそうです。
 「北風と太陽」の譬えからも分かるように、支配者が問答無用の号令をかけても面従(めんじゅう)腹背(ふくはい)になります。職員たちは心から従いません。恐怖政治によって人間のやる気など育ちません。
 私たちが望んでいるリーダーは、住民の暮らしを第一に考えてくれる人物です。市長は統治者や支配者ではありません。




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